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大人の休日倶楽部パスポートで行く旅1 新函館北斗から松前への旅2

Facebookの友達によれば、飯田さんは、岡っ引きの姿で現れるとのこと。岡っ引きの姿で現れるとのこと。

果たして。

飯田幸仁さん(ラビット飯田さん)現る!

本当に、ホントに、岡っ引き!^ ^ すごい、なんといっても、最初に遭遇した「松前人」なのだ。つまり、わたしにとっては、松前のランドマークです。

ここから先はしばらく、ラビット飯田さんの「プラタモリ」状態です。

その怒涛の口撃の前にフォトを2枚。

道の駅 北前船 松前からみた海。はるか遠くに見えるのは青森の津軽半島の竜飛岬。普段見ている日本地図を180度回転してストリートビューにするとこうなります!

それと道の駅内にある、北前船の模型。物の本ではおぼろげに読んだ記憶がありますが、模型を見るとリアルですね。

そして、ラビット飯田さんのプラタモリ。今は道路になってますが、この辺りが、昔は海と陸地の境目だったそうです。

いたるところに昔の街並みが残っていました。

昔の納屋。

石の継ぎ目をずらすことで強固な石垣になっているのですね。

そして、いよいよ、松前城に向かいます。

(続く)

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大人の休日倶楽部パスポートで行く旅1 大宮から北海道へ

2017年9月8日大宮から6:58発北海道新幹線で一路北海道に。

青函トンネル前の車内のアナウンスは、青函トンネル完成至るまでのアナウンスがありました。私は鉄ではありませんが、その話は心熱くなりました。

トンネルを抜けると、そこは秋の北海道。この先、どんな出会い、ドラマが待っているか、考えただけでもワクワク。

そして北海道新幹線の終着駅の新函館北斗駅に着きました。
大宮駅からは3時間59分

(続く)

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ルーツをたどる旅

上越市大潟区にいきました。私のルーツをたどる旅でした。

大宮から上越新幹線に乗り、越後湯沢駅で、北越急行ほくほく線に乗り換えました。

何度も山間のトンネルを通る電車の旅になりました。

きっと、冬は雪深いのでしょうね。

途中、同席した六日町に行く82才のおばあさんと世間話をしてすごしました。墓を閉じた話、娘さんは52才で亡くなり、孫は専修大学の学生でたまにしか帰ってこないことなど、話してくれました。ルーツをたどる旅をことを話したら、「ご先祖様も喜んでくれるじゃろ。」と言ってくれました。

そう。

私の先祖は約220年前に新潟から栃木県真岡市に移住しました。栃木の実家の近所の古老が残したメモにありました。自分から数えて8代前のお話です。

いつかは新潟のその地を訪れてみたいと思ってました。移住に際して寄進をした寺の名前とご先祖の住んでいた旧地名を頼りに向かってました。

電車はいくつものトンネルを抜けて、犀潟駅に着きました。

本当の最寄駅は土底駅なのですが、そこに停まる電車は少ない。

犀潟駅からほぼ直進、徒歩36分。9月中旬でも汗ばむ。

なんとか、近くまでの交差点まで着きました。

お寺の前で庭を掃いていた住職の奥さまらしき人に事情を話すと、お寺に上げてもらい、住職に取り次いでくれました。

住職はいろいろな家々の家系をpcにデータベース化されているそうです。

待っている間、住職の奥さまと、いろんな話をしました。

私からは、小学生の頃、お盆前に、仏具の掃除を祖父とした時に聞いた新潟の本家の話、祖父が小さい頃は本家から海産物を送ってくれた話、亡くなった父も先祖を大切にしていたことなど。だから、自分がルーツの地にこうやって訪ねて行くことが供養になると思っていることなど。

住職の奥さんからは、先祖のルーツをたどるのはタイミング、仕事の節目、人間の節目に来る人が多いこと。なんか、御見通しなのかな、笑。上越新幹線、北陸新幹線に出れば東京に2時間かからないこと、それもこれも、田中角栄さんのおかげだと。

私は、いま、田中角栄さんの本がたくさん出版されていること、人間は歴史にならないとフェアに評価されないと思うと伝えました。

庭先では身構えていた住職の奥さんとすっかり話が盛り上がったころ、住職が戻ってきました。

調査の結果、そのものズバリではありませんが、おおよその地域とご先祖に関わりの深そうな家まで絞りこんでもらいました。

そして住職がせっかくだから、本堂を見ていかないかと言ってくれたので、本堂に。

つい、厚かましくも「写真を撮っていいか!」聞いてしまいました。快諾されました。

その後、住職の奥さんが「せっかく大宮から来てくれたのだから、その場所まで車で連れて行ってやりなさい。」と住職に言ってくれました。なんと住職がその家まで車で連れて行ってくれることに。

家は不在でしたが、その家のある集落がどう行ったところか、見ることができました。

ご先祖さまが栃木に移住したのは寛政10年(1798年)のことです。約220年前、この地から移ったのだと思うととても感慨深いものがありました。

この風景を観てご先祖様も過ごしたのかなあと。

月日は百代の過客にして行きかふ年もまた旅人なり。

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台北中山の林森公園に歴史を感じました。

林森公園

台北で宿泊したホテルの近くにある公園、林森公園、なんか気になったので、googleで調べたら、明石元次郎の墓があったそうです。明石元次郎は、もう一つの日露戦争ともいうべき、ヨーロッパでの諜報戦を指揮し、後に第六代台湾総督になりました。

ここは彼が亡くなって最初に台湾の最初に埋葬されたところでした。実際に行ってみて、ぽつんと二つの鳥居があり、大きい方が明石の墓の前にあったものだそうです。

一度は、明石の墓とともに鳥居は別の地に移されたのですが、有志により、この地に戻されたそうです。

昔、この地が日本に墓地になったのは、乃木希典の母が埋葬されたのは始まりとか。

台湾と、坂の上の雲、歴史は繋がっているのですね。

公園の入り口

大きい鳥居は明石元次郎の墓にあったもの、小さい方は明石の秘書官だった鎌田正威のもの。

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北陸で見た、謎の男子トイレ

この夏、北陸旅行をしました。

それで、コンビニのトイレに入って、とても不思議な構造に目が行きました。

部屋の鍵はひとつ、便器は立ち小便用と洋式便器の二つ。二つ同時に使えるのでしょうか?片方を使っていて鍵をかけたら、もうひとつは使えないではないですか!

これは、たまたま、そのコンビニの建設上の都合だけなのだろうとおもいました。

翌日、北陸のラーメンチェーン店でも、同様の構造のトイレがありました。

他の地方では見たことがありません。これは石川県特有のものなのでしょうか?

ググってみても、いまだ、謎は解けていません。

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